人工知能(AI)とビッグデータの活用は、今後の人間の働き方に過去にはない大きな変化を与えると言われている。これまでもテクノロジーは人間の働き方を変え、特に産業化社会、生産現場のロボット化、IT技術がもたらしたコミュニケーション革命は、人間の働き方を根底から変えた。
しかし、今のところ、40年前の「優秀な人材」と今日の「優れた人材」に極端な変化はない。相変わらず、並外れた記憶力と頭の回転の速さが評価の基準になっている。思考力、分析力、判断力、状況把握能力、論理思考、科学的実証能力、仕事の処理能力などは、40年前にも必要だった。結果として、ビジネスの世界では文系より理系の人間が有利とされ、経営者の多くも技術畑出身者が多い。
人の上に立つ人材の基本スキルを計測する基準として、これまで出身大学などの学歴が目安になってきた。ところが今、その人間の記憶力と脳の処理能力は、ビッグデータとAIに取って代わられようとしている。そこで重要視され始めているのが、人間のクリエイティブなスキルと想像力という芸術家が最も必要とする能力だ。
人間の脳に最も達成感や満足感を与えるのは、芸術やスポーツと言われている。さらに科学の新しい発見も脳に非常に大きな刺激を与えられると考えられている。特に芸術と科学は、オリジナリティと想像力が結果を左右する。ビジネスで成功した人間の多くが、最終的に芸術品の収集家になるのも、そこに大きな喜びを感じるからに他ならない。
人間は、どこかで時間と空間を超越したいという欲望を持っている。500年前に描かれたダヴィンチの「モナリザ」は現代人にも感銘を与えている。優れた芸術品には時間、空間の制限がない。時空を超越した作品は、過去の記録でしかないビッグデータとAIで産み出されるものではない。
最近、流行りのダイバーシティ・マネジメントの有効性の一つに、既存の考えに囚われないゼロベースの発想効果が指摘されている。これは、たとえば男性だけで議論すると出口がなかった問題に女性が加わると過去の延長線上ではない、違った角度の意見が聞かれ、問題解決をもたらすという効果だ。
実は芸術家にとって重要な創作姿勢の一つが、ゼロベースで作品制作に取り組むことと言われている。無から有を産む芸術の世界では、芸術家は想像力を巡らして作品の構想を練り、次ぎに画家は白いキャンバスに、彫刻家は石や鉄の固まりに向かい、付加価値のある作品を創り出す。それは過去の繰り返しではなく、未来を作ることだ。
そんな話を聞くと、芸術は天賦の才能なので、凡人にはどうすることもできないと言うかもしれない。ところが、最近の脳科学の世界では、脳の中に創造性を司る特定の分野があるわけではなく、創造性は、脳のあらゆる領域が活性化され、数多くの認知プロセスが相互に作用することで生まれることが分かってきたと言われている。
つまり、創造プロセスは、誰にでもある脳の領域が連携して生み出されるもので、特別な才能を持つものが天から啓示を受けて、一瞬にして創り出すようなものではないということだ。人間の創造スキルは育成可能なものと言われるようになった。
ただ、ビッグデータやAIが肩代わりできないクリエイティブスキルの育成には一つ欠かせない条件がある。それが「自由の保障」。自由が制限された環境でなければ芸術脳は育てにくい。これは今後、リーダーが考えるべき課題でもある。
コラム74 3・16・2018記