日本のビジネス書やビジネス雑誌は、実にハウツー物が多い。ビジネスに関わるリーダーは大なり小なり毎日、何かの選択を強いられている。そんな時に人間は、マニュアルがあって努力や苦労なしに容易に正しい選択ができる楽な道を考えがちだ。

 かつて1980年代後半、バブルの時代には、ビジネス雑誌は、こぞって徳川家康や勝海舟など過去の指導者や賢人の特集を組んだものだ。筆者もそんな雑誌の編集に関わっていたのだが、日本が世界第2位の経済大国になった理由を過去の指導者や賢人たちの優秀性に求める風潮があったことも、特集が組まれた理由の一つだった。

 しかし、その後の「失われた10年」、さらには日本国民の劣化まで取り沙汰された2000年以降のデフレ不況の間に、国民はすっかり意思消沈し、自信を失い、安易なアメリカ追随が続き、日本の賢人たちより、ハウツー物の情報やアメリカのビジネススクールで扱われる内容の本の山になった。

 日本人がハウツー物志向になっている背景の一つは、大学入試センター試験にあると私は個人的に見ている。記述問題はなく、選択問題だけで回答は一つしかなく、客観性があると信じられている事柄や方程式の記憶力を試すことに終始してきた。だから、研修でケーススタディをしても、一つの正解があると信じ、その正解を探すことに終始する場合が多い。

 さらにはゆとり教育と悪平等教育を経験して、現在20歳代になる若者は、精神がめっきり弱くなり、「海外に行きたくない症候群」などプレッシャーやストレスに滅法弱いことが指摘されている。その彼らはバブルの思い出はなく、経済が低迷し、希望のないニュースしか知らない世代だ。

 公教育では小論文など自分で考えさせる教育は、評価が難しいという理由で避けられてきた。本当の理由は、生徒一人一人の多様な価値観を尊重し、評価することを嫌う風潮が教師の側にあったことも大きい。だから機械的に正解を出し、詰め込んでいく教育は、今も変わっていない。

 しかし、世界はグローバル化、ダイバーシティの時代を迎え、多様性が増す中、リーダーは先行き不透明な状況で高度な判断を迫られ、その判断を下す状況理解や分析も難易度が高くなっている。にもかかわらず、コンサルを頼まれると、すぐに「どうしたらいいのか」と解決策の正解を欲しがる。

 実は世の中には、一つしか正解がない物は非常に少ない。要は豊富な情報の中から目的に応じた取捨選択を行い、それを自分が持つ知識や見識、感を総動員して、考え抜いて最善と思われる道を探し、決断するしかない。つまり、豊富な教養と答えを出すための深い思考力が必要だという話だ。

 これは一朝一夕で養われるスキルではない。正解の存在を強調するハウツー書は、思考力を低下させ、正解神話に毒されてしまう。記憶力がいいだけでも、勉強という意味で頭がいいだけでも思考力は磨かれない。日々、思考することの重要さを悟り、複数の回答を導き出し、選択する訓練を怠らないことが重要だ。


 安部雅延 8・15・2013記

アイザック・グローバルマネージメント研修講師。パリを拠点に欧州をカバーする国際ジャーナリスト。フランス・レンヌのビジネススクールで10年以上、比較文化、グローバルマネージメントの教鞭を取る。グローバルビジネスコンサルタント。グローバル企業の研修講師(研修先、日産、日立、ニチレイ、日本ガイシ、日本通運、HSBSなど外資系企業)。著書『日本の再生なるか』(財界通信社)、『下僕の精神構造』(中経出版) 訳書『愛するモンサンミッシェル』(ウエストフランス社)など。


グローバルマネージメント研修

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