【 今月の海外赴任道コラムVol.28 】

 日本からは縁遠い話だが、今年は初代ローマ皇帝アウグストゥスが他界して2000年が経つ。パリのグランパレ・ナショナル・ギャラリーでは、アウグストゥスをテーマにした「われはローマ皇帝、アウグストゥスなり」という展覧会が開催されている。

 アウグストゥスはカエサル暗殺後、地中海世界を平定し、パクス・ロマーナ(ローマの平和)をもたらしたローマ帝国の初代皇帝として知られる。エジプトのクレオパトラも巻き込んだ血で血を洗う戦乱に決着をつけ、一大ローマ帝国を築いた人物だった。

 「われは煉瓦の街を受け継ぎ、大理石の街を残した」とアウグストゥスが言い残しているように戦争で荒廃したローマに大理石芸術をもたらし、絶大な権力のもとでローマ帝国の最高水準の芸術が開花した時代でもあった。ローマが支配した領域は、西はイベリア半島、東はシリア、北は現在のドイツ、南は北アフリカやエジプトに及んだ。

 どこかの国の先軍政治の残虐で野蛮な独裁者とは異なり、アウグストゥス自身は『業績録』の中で「私は権威において万人に勝ろうとも、権限においては私の同僚政務官を凌駕することはなかった」という名言を残している。今から2000年も前の話だ。さらに彼は文化・芸術の庇護者でもあり、政治体制や通貨制度の確立、覇権主義よりも内政重視で平和を維持し、歴代ローマ皇帝で最長の在位を誇った。

 1980年代後半、月刊誌の編集に関与していた筆者の記憶では、バブル全盛期に経済誌などがこぞってテーマにしたのが、徳川家康、豊臣秀吉、勝海舟など日本の歴史を動かしたリーダーたちから帝王学を学ぶというものだった。フランスのエリート養成校の国立行政学院や日産のゴーン社長が卒業したエコール・ポリテクニークでは、今での帝王学を教えている。

 各時代に登場したリーダーの研究は、良きにつけ、悪しきにつけ、教訓としてリーダーシップを発揮するのに役立つ。無論、誰もが大きな組織を動かすリーダーになるわけではないが、グローバル化が進む世界では、リーダーシップはその規模に関わらず不可欠なことだ。

 ところが日本の現実は逆方向に向かっているように見える。この10年間、縁あって日本を代表する日本企業でグローバル研修を担当してみて、創造性、主体性、積極性、目標貫徹の執念、責任感、指導力、問題解決能力、教養というグローバルリーダーに欠かせないスキルが欠けているように思えてならない。

 やたらと「仕事を楽しむ」ことが強調されるが、異文化に遭遇するとあっと言う間にへこんでしまう日本人は多い。いや増えている。人事部や人材開発部の人たちも、手取り足取りの研修を求め、想像力を発揮して自分で考え抜く思考力を鍛えることに意味を見いだしていない。

 世界が置かれている状況は過去になかったほどの不確実なことの山だ。そんなカオスをチャンスに変えていくリーダーでなければ生き残ることはできない。あまりにも過去のパターンにしがみつく人が多すぎる。アウグストゥスはカオスな地中海を平定できたからこそ、偉大な皇帝として名を残した。寄らば大樹の陰的な精神を捨て、カオスの大海に漕ぎだす覚悟がリーダーには必要ではないか。


安部雅延

コラム28 4・15・2014記
<帝王学の有効性>
アイザック・グローバル人材育成研修講師。パリを拠点に欧州をカバーする国際ジャーナリスト。フランス・レンヌのビジネススクールで10年以上、比較文化、グローバルマネージメントの教鞭を取る。グローバルビジネスコンサルタント。グローバル企業の研修講師(研修先、日産、日立、ニチレイ、日本ガイシ、日本通運、HSBSなど外資系企業)。著書『日本の再生なるか』(財界通信社)、『下僕の精神構造』(中経出版) 訳書『愛するモンサンミッシェル』(ウエストフランス社)など。

グローバルマネージメント研修、海外赴任前語学研修
http://www.isaac.gr.jp/business_course/