【今月の海外赴任道コラムVol.31】

この10年、日本人以外の従業員が働く比率が高まり、海外への進出から現地で雇用し、いわゆるナショナルスタッフとの協業が避けられない日本企業は多い。そのため海外で雇用したナショナルスタッフの人材育成も欠かせない。


その教育は技術面にとどまらず、仕事の進め方や経営理念の徹底にまで及んでいる。最近、某自動車部品メーカーで研修した際、東南アジアの生産拠点のナショナルスタッフを日本に呼んで半年教育し、本国に帰すとすぐに会社をやめてしまう例が多く、困っているという話が研修生の中から聞かれた。


特に製造業では途上国の生産拠点の従業員の定着率の悪さは頭の痛い問題だ。自分の家族以上に会社への帰属意識を持つといわれる日本人は会社への忠誠心、愛社精神が強く、簡単に転職するナショナルスタッフは理解に苦しむ。中国では日系企業でキャリアを積んだ後、待遇のいい欧米系の企業に転職する中国人は後を絶たない。


事態を改善するには、日本人の労働観を相手国のナショナルスタッフに当てはめるのは諦めるしかないと私は考えている。半年も技術指導を受けるために日本に滞在したのに帰国後に会社を辞めてしまう理由はなんだろうか。その答えは日本本社に滞在してみて、その会社で働くことに魅力を感じなかったということだ。


中国や東南アジアから日本に来る人は当初、日本人はさぞかし豊かな生活をしているのだろうとイメージする。確かに日本の便利さや安全性は世界一と思うが、個人個人の生活の豊かさは非常に怪しい。たとえば最先端の家電製品や車という物は豊かさの指標の一部でしかない。人間にとって最も豊かさを感じるのは家庭生活であって、そのスペースや時間にある。


狭いスペースにハイテク製品がひしめき、皆がオーバーワークのために家族でゆっくり過ごす時間は非常に短い。東南アジアではお金のある人々はお手伝いさんや運転手を雇い、女性も生活を楽しんでいる。日本では会社での仕事のプレッシャーも非常に大きい。そんな日本の生活を垣間見たタイ人やベトナム人が魅力を感じるわけがない。


そのくせ「わが社で働く以上は、わが社の経営理念をしっかり会得してもらいたい」と要求する。日本企業の場合、経営理念は往々にして普遍性がなく、日の丸が立っているようなナショナリズムの内容が多い。無論、そんな経営理念に賛同したり、理解したりするのも難しい。


しかし、さらに問題なのは、そういう状況を日本人のリーダーたちが気づいていないことだ。定着率が悪いと嘆くのであれば、徹底的に離職の理由を調査すべきだし、何をインセンティブとすべきかをその国ごとに考える必要がある。そのほとんどは時間と報酬なのだが。


経営理念は人を管理する縦糸と言われるが、そこに普遍性がなければ日本人だけが理解できる特殊な理念ということになる。それに利益追求と社会貢献という企業目的は、どの企業にも共通のものだ。にも関わらず、お題目のように経営理念を唱えさせたりするのは、経営理念が宗教教団の教義にように扱われているからだ。それを受け入れるのは日本人くらいだと思うべきだ。

安部

コラム31 7・16・2014記

<経営理念は教団教義か?>

アイザック・グローバル人材育成研修講師。パリを拠点に欧州をカバーする国際ジャーナリスト。フランス・レンヌのビジネススクールで10年以上、比較文化、グローバルマネージメントの教鞭を取る。グローバルビジネスコンサルタント。グローバル企業の研修講師(研修先、日産、日立、ニチレイ、日本ガイシ、日本通運、HSBSなど外資系企業)。著書『日本の再生なるか』(財界通信社)、『下僕の精神構造』(中経出版) 訳書『愛するモンサンミッシェル』(ウエストフランス社)など。

グローバルマネージメント研修、海外赴任前語学研修
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